大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和35年(う)644号 判決

被告人 伊藤嘉章こと伊藤一則

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四年に処する。

原審における未決勾留日数中四百日を右本刑に算入する。

原審並びに当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人伊藤典男作成名義の控訴趣意書(同弁護人作成名義の弁論補充申立書を含む。)に記載するとおりであるから、ここに、これを引用することとし、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。(なお、被告人本人作成名義の控訴趣意書、同補充申立書については、最終公判期日において、被告人の弁護人伊藤典男、佐々木哲蔵及び被告人本人において、従前の陳述を撤回し、被告人作成名義の右各書面に記載された控訴趣意は当審の判断対象から撤回すると述べているので、これに対する判断はしないこととする。但し、右被告人の控訴趣意は前記弁護人の控訴趣意と概ね同旨である。)

控訴趣意第一点法令違反の主張について、

所論は、被告人に対する昭和三二年一一月二六日付起訴状公訴事実には、その冒頭に、「被告人は以前より売買に藉口し繊維、雑貨類のいわゆる取込詐欺を計画実行していたが云々」の記載があるが、右は裁判官に予断を生ぜしめるおそれのある事項を起訴状に記載したもので、刑訴法二五六条に違背するものであるから、原裁判所としては当然起訴手続の無効を理由に公訴棄却すべきであつたのに、これをせず、前記起訴状記載の公訴事実についても又有罪の判決をしたことは、訴訟手続の法令違反があつて、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

記録を検討してみると、なるほど昭和三二年一一月二六日付起訴状(記録四冊一二六三頁)には、所論の如く「被告人は以前より売買に藉口し繊維、雑貨類の所謂取込詐欺を計画実行していたが、昭和三一年三月二日頃より名古屋市熱田区五本松町一丁目三〇番地に繊維、雑貨、金属製品及電機器具の販売を目的とする株式会社伊藤嘉商店(資本金二五万円)を設立し、代表取締役として引続き同一方法で多数の商品を詐取しようと企てた」旨の記載のあることは、論旨に指摘するとおりである。そして、刑訴法二五六条の趣旨が最高裁判所判例の解するところによれば、起訴状に単に裁判官に事件につき予断を生ぜしめるおそれのある書類その他の物の添付とその内容の引用を禁ずるだけではなく、およそ事件につき予断を生ぜしめるおそれのある一部の事項の記載(検察官のこのような趣旨の主張の記載)を、原則として禁止しているものであることも所論のとおりである。もつとも、その種事項の記載であつても、それが公訴に係る犯罪構成要件の一部となつている場合あるいは犯罪の手段、方法を記載するについて必要已むを得ざる場合においては、特に、右二五六条の禁止の例外となることも又前記判例の教えているところである。ところで、本件において前記起訴状の冒頭事実の記載が、それ自体として抽象的にこれをみるならば、裁判官に対し、被告人がいわゆる取込詐欺の常習者である旨の予断を生ぜしめるおそれがあり、しかもかかる記載が本件において必要不可缺のものであつたとは認められないのであるから、前記起訴状の冒頭事実、特にその前段の記載が、起訴状公訴事実の記載として妥当を欠くものであることはとうてい否定できない。然しながら、起訴状の公訴事実の記載として右二五六条により禁止されるいわゆる余事記載に該るかどうかということは、これを抽象的劃一的に決すべきではなく、それが裁判における予断の排除を目的とするものである以上、その予断の内容も当該訴訟の発展段階に応じて異るものであることは当然であろう。すなわち、第一回の起訴状と、それ以後のいわゆる追起訴状における場合とでは、自らその禁止される予断の内容に事実上異るもののあることは明らかである。追起訴の事実についても、予断を排除されることは当然であるが、既に第一回の起訴事実について審理が行われている如き場合にあつては、その既に行われた審理の経過に徴し裁判官としては浮動のものではあつても、既に一種の心証を形成しているばかりでなく、既にその段階において各般の証拠も提出されていることでもあるから、追起訴状の公訴事実の記載として、既にその追起訴当時迄に裁判官に明らかにされた事項を引用したとしても、ただそのことだけで、追起訴状記載の公訴事実について裁判官に予断を生ぜしめるおそれがあるものとはいえないであろう。

ところで、本件においては既に昭和三一年九月四日付起訴状において原判示第二の二以下七九までいわゆる取込詐欺(騙取の回数は三三五回にのぼる)の事実について起訴され、それら詐欺事実の内容は、所論の昭和三二年一一月二六日付起訴状(追起訴状)冒頭記載の「売買に藉口する繊維雑貨類のいわゆる取込詐欺」に係るものであつたわけであり、既に右追起訴当時迄に、その事実を立証すべき各段の証拠も提出されていたことは本件記録に徴し明らかなところであるから、前記追起訴状において右程度の事実を記載しても、そのことだけで、それが直ちに刑訴法二五六条の禁止規定に触れるものと解することはできない。従つて、原裁判所が右追起訴の手続を違法とせず、これについて有罪の判決をしても、もとより相当というべく、原裁判所の訴訟手続に所論の違法は存しない。論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する)

(本件は量刑不当により破棄自判)

(裁判官 影山正雄 谷口正孝 村上悦雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例